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アルノダン フランスアンティークジュエリー&オブジェ ギャラリー

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n.31 ムッシュー・パトゥ

フランスのモードには、シャネルやディオール、ランバンなど、今もメゾンが続き、世界的にも有名なところが多くあります。

どれも19世紀後期から20世紀中頃にかけて始まっていますが、

今は忘れられた、素晴らしいクチュリエ(デザイナー)もいました。

このページでは、そんなクチュリエの一人、

ジャン・パトゥを3回にわたりご紹介致します。

ジャン・パトゥといえば、現在も名香「ジョイ」がありますので、名前を聞かれたことがあるかもしれません。

今に伝わる画像と共に、ジャン・パトゥの世界をお楽しみください。





" ジャン・パトゥ " は、

1920~30年代のアール・デコ期に活躍したフランス人のクチュリエです。

1887年9月27日パリに生まれ、

父はシャルル、母はヴィルジニー、そしてマドレーヌという6歳違いの妹がいました。
 



彼の父は皮革工場を経営し、ゲルーシャやエキゾチックレザーなど当時の高級品用の特別な皮革を扱っていました。

また、取り外し用シャツ衿の工場も共同で持っていました。

当時のシャツは、カフスと衿の取り外し形式だったのです。


ジャン・パトゥが、のちにクチュールメゾンを設立し、アメリカへもビジネスを広げたのは、経営者であった父の影響も大きかったようです。

( 新作発表会 ジャン・パトゥのパリのメゾンにて 1924年 )

裕福な家庭に生まれたジャン・パトゥは、

若い時から最新モードを身につけ、大変お洒落でした。

兵役についていた間も、シルエットの綺麗な軍服のための会社を立ち上げていますし、


 ( 刺繍ドレス2型 昼用 1922~24年 / 夜用 1927年 )

軍人として滞在したトルコなどのオリエントの国々で出会った、

美しいダマスク織りの絹地や刺繍に感銘を受け、後々のデザインに取り入れています。

兵役後、彼のクチュリエとしての活躍が始まりました。

( 夜会服用アンサンブル 1930年 / 1929年黒いレースのドレス )

1923年にパリ8区にアトリエを開き、

当時のフランス社交界の貴婦人にドレスを作りました。

当時のオリエンタリズム、シノワズリーといった流行に添ったものから、

ラインの綺麗なシンプルなドレスが人気でした。

また現代絵画を好み、当時の最先端の画家達の作品を集め、

フランスのアール・デコ家具でメゾンや自宅を飾りました。



中でも、今でもモード史に残っているドレスに、

1929年の" ニコレッタ・アリヴァベネ伯爵夫人" と

" エデュアルド・ヴィスコンティ・ディ・モドローネ伯爵 "

との結婚式のためのウエディングドレスがあります。

伯爵夫妻の結婚式は、水の都ヴェニスで行われました。

パパドポッリ宮殿から両親に手を取られ、ゴンドラに乗る花嫁の写真が残っています。

( 中央の白いクレープジョーゼット製のジャン・パトゥのウエディングドレスの伯爵夫人 )


下の画像はウエディングドレス姿の伯爵夫人、

ドレスは白のシルクジョーゼット、

ダイヤモンドのディアデム、イヤリングやブレスレットに、

アール・デコ様式のネックレスが映えています。

このドレスに長いヴェールをまとい、

サン・マルコ寺院へ徒歩で入る伯爵夫人、

ヴェールは長さ4m、

付き添いの少女達が捧げ持っていました。

この結婚式にはジャン・パトゥも招待され、

シルクハットに燕尾服で出かけた姿が残っています。

ヴェネツィア全土が祝賀に包まれた、

壮麗なお式だったそうです。

素材を生かしたシンプルなドレスに、

華麗ながら清楚な白い輝きのダイヤモンドジュエリーは、

フランスのアール・デコ時代ならではの美しさです。


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Texte par M.

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